たまたま目についた「介護民俗学」の本を読んでみたら非常に興味深い活動であったの記録しておきます。


著者の六車由実さんは、民族学者のバックグラウンドのある介護士さん。静岡県出身で大阪大学で民俗学で文学博士取得、東北芸術工科大学芸術学部准教授となるが、なぜか静岡に戻って特別養護老人ホームの介護士となる。

ふしぎな経歴だが民俗学の場を老人介護の世界に移して大きな成果を上げておられる。

介護民俗学の手法は、デイサービスの利用者に「聞き書き」するというのに尽きるが、介護の世界にも以前から「回想法」という手法がある。

「回想法」では、グループで決められたテーマ(6~8回)について自分の人生を回想して共有する。
六車さんも介護士になって回想法を学ぶが民俗学との違いに戸惑う。
民俗学の方法は、話者と一対一で対応、テーマ(シナリオ)なし、聞き書きする(回想法ではメモは取らない)。
それほど違わないようだが、話し手の対応は格段に違った。

六車さんは利用者の「聞き書き」をまとめて「思い出の記」にまとめ利用者と家族に贈った。

個別の事例はこの本に詳しく載っているのでお読みいただくとして(とても感動的です)、私が感銘した箇所を紹介します。

語られる喪失の体験は、もしかしたら誇張されていたり、あるいは虚構であったりするかもしれない。しかし語り部の圧倒的な存在感を前に、私にはもはやそのことはそれほど問題ではなくなる。私は利用者の語りの樹海(うみ)に飲み込まれていく。体全体を高揚させてその語りの世界に夢中になり、そして熱い涙を流した後には、絶望を生き抜く力に変えていく知恵とエネルギーをもらうことができるのである。(p188-189)

これはまさに精神分析のカウンセリングである。学問的ではないという意見はあるかもしれないが、利用者を癒すことができれば、利用者だけではなく介護士にとっても何よりの喜びになる。

民俗学と介護世界との間に偶然に生まれた「介護民俗学」だが今後おおいに発展し高齢化社会に貢献されることを期待しています。