日々の気づきノートです。

姉妹ブログ「勇気の出る名言集」を始めました。
過去に読んだ本で気に入ったテクストのアンソロジーです。

「勇気の名言集 第2巻」が出版されました。

勇気の名言集 第2巻
今宿 葦
2022-02-14

お金

経済だけの日本か?



日本のGDPがドイツに抜かれて4位になったことが大きく報道されている。

 

そりゃ、第二次安倍政権で無茶苦茶な経済政策をやり続けてきたので仕方がないと思うが、GDPにだけ気を向けているとマズイと思う。
それ以上に経済(お金)はあくまで手段であって目標ではないことに注意をしておかなければならないと思う。

人間が生きている意味とは究極的には日々の「幸せ」であり「喜び」であろうし、国レベルであれば「心地よい環境」とか「安全」で「安心」して暮らせるというようなことが目標になるべきであろう。

そういう観点で今のわが日本を見ると、一体われわれはこの間、何をしてきたのか?という疑問を抱かないわけにはいかない。

荒れ果てる山河。手つかずの植林地、休耕田。急傾斜の山の斜面にべったりと張り付いた太陽光パネル。
旧塩田や空き地に敷き詰められた広大な太陽光パネル。
全国どこでも同じようなJR駅前風景。調和のない街並み。さびれた商店街。
周りに調和しない場所にヘンテコな恰好をした巨大な公共建築。

果たして、この現状がわれわれが経済成長をすることで目指してきたものであろうか。

日本を抜き去ったドイツと比べるなんてことは不可能だろう。彼らは空爆で破壊された石造りの建築を再現し、コミュニティを守り、公共財を維持してきている。社会の共通資本を比べるなんて初めから無理だ。

私自身に振り返ってみると、日本の経済成長の真っただ中で生きてきたものの、そのこと自体に違和感を持ち続けてきた。
バブル時期の人々の行動には全く参った。だからバブルが終わってヤレヤレという気持ちだった。
その期間中も「人間の人生とは何か?」「幸せとは何か?」というような問題ばかりを考えていたので、経済についても何も考えてこなかったような気がする。

その結果、私自身は毎日幸せを感じながら生きているのだが、今まで「経済大国」という虚偽のプライドをアイデンティティとして生きてきた人々は没落する日本経済の中でどう生きていえばいいのだろうか。

今からでも遅くはないので「自分が生まれた意味」「幸せとは何か?」というような根本的な目標について考えることをお勧めする。
いつまでも経済という手段を目標だと勘違いしている内は自分の人生を改善することはできないのではないだろうか。


森博嗣「お金の減らし方」その2完

お金とどう付き合うかということより、人生で何を目標に生きるか、ということだと思う。私は、30歳代の頃から人間の幸福について考えることをずっとやってきた。
そしてNさんとの出会いがあり、組織論、仏教、天風哲学、谷口雅春の「生命の実相」があり、母の看取りを経て、仏教に戻り自分の「死」と向き合っている。

そうしているとお金のことを日ごろまったく考えないで生活していることに気づいた。
要は、自分の当面する課題に真剣に向き合っていればいいのだ。

お金の減らし方 (SB新書)
森 博嗣
SBクリエイティブ
2020-04-06


やりたい人は、もうやっているはずなのである。現在やっていない大人は、ほぼやりたくない人だということになる。大人は誰にも支配されない自由人のはずだからだ。趣味人は、それをよく知っているから、けっして同好の士を増やそうなどとは考えない。(p186)

私ぐらいの年齢の大の大人が「私はそうすればいいか?」みたいな問いを発することがそもそもありえない話なのだ(私の母がそうだったが)。
自分の課題をまっすぐやっていけばいい。同じ考えの人がいれば同行してもいいが、いないからやらないとか寂しいというのはあり得ない話だ。

自分の願望が、他者の関与、他者の評価だ、という点に、根本的な無理があるわけだが、…できるかぎり、他者に依存しないものを、自分の人生の目標とすることを、是非おすすめしたい。(p190-191)

まったく同感だ。私と同じ遺伝子をもち同じ経験をしてきた人間は存在しない。すなわち人間は一人ひとりオーダーメードで生きている。自分一人の道を歩いているという自覚がまず、必要なのです。

人間の楽しみというのは、結局は自己満足なのだ。自分が満足できる状況へ自分を導くことが、つまり人生の目的であり、すなわち「成功」というものである。そのためには、お金は頼もしい道具だといえる。これを利用しない手はない。(p191)

これもその通り。幸せとは自分が思うことであって、他人に思ってもらうことではありません。
ただし、そこにお金が必要かというと分からない。私の場合、お金があろうが(あるけど)なかろうが幸せに変わりがありません。

人からどう見られても、自分には影響がない。良く見られたら、なにか良いことがあるだろうか?利益があるだろうか?(p195)

いわずもがな。

お金持ちが貪欲だというのは、ある意味では、そのとおりだと思う。お金に貪欲なのではない、自分が欲しいもの、自分がしたいことに貪欲なのである。(p196)

世界のお金持ちがなぜあれほど金に貪欲なのか?という問題について私の答えは、「彼らが幸せでないから」ということに尽きる。自分の幸せを楽しんでいればお金にしろモノにしろ人にしろ執着するようなことはあり得ない。
お金を増やす時間があれば、自分に幸せを存分に味わっていればいい。自然を楽しんだり音楽を楽しんだり、本を読んだりしていればお金はかかりません。

そこで森さんの提案する「お金の減らし方」とは、

お金を減らす方法の王道は、自分が欲しいものを手に入れ、やりたいことを実現することであるが、この欲しいもの、やりたいことというのは、単なる消費ではない場合がほとんどだ、という点に特徴がある。(p199)

ということなのだそうだ。単なる消費でないお金の使い方とは?

それぞれが、自分のビジョン、自分の嗜好に合致した人生を歩むのが幸せというものである。自分の思いを現実にすることが、自由というものだ。(p209)

自分のやりたいことをやる時、お金が必要であればそれを使って実現する、ということらしい。
しかし、それが消費と結びつかないようなことがあるだろうか。

情報化社会が悪いのではない。周囲に流されることは、判断しなくても良い、考えなくても良い、ただ、みんなについていけば迷子にならない、自分だけ損をすることはない、という気楽な状態であり、生き方として省エネなのだ。体力を使わずに済む。頭を使わずに済む。そういう状態を続けているから、運動不足で肥満になったような状態に、頭もなっているのである。
 この傾向は、年齢が上がるほど顕著で、年寄りほど頭を使わなくなっている。(p227)

現代の日本社会に特に強く感じる「事大主義(マジョリティについていくというスタイル)」である。私は、このスタイルの行く先には滝壺が待っていると思う。

満足というのは、いわば好奇心を満たすことでもある。知りたいことを知る。手に取りたいものに触れる。新しいことを試してみる。思い描いたとおりかどうか確かめてみる。子供はなんでも自分でやりたがる。それが人間の本来の性質、本来の生き方なのである。(p236)

子どもの好奇心を育てる、ということらしい。しかし未だ具体的な思いにたどりつかない。

お金というのは、個人的なものではない。社会がなければ存在する意味がない。人間関係にも、あるいは社会的立場にも、お金は絡んでくる。これは、たとえば「言葉」というものに似ているかもしれない。言葉は、本来は他者との意思伝達をするためのツールであるが、言葉があることが自身の思考を深める。言葉が時間を超えて人の意思を伝えることもある。
 同様に、お金も意思伝達のツールである、世の中のあらゆる問題に、お金は関係してくる。(p242-243)

言葉とお金の機能の類似性は分かるが、その価値の違いは大きい。

全体を通して読んでみたが具体的な「お金の減らし方」は思い浮かばなかった。

森博嗣「お金の減らし方」その1

母の看取りが終わり、その後片づけも着々と進んでいる。
残るのは、遺産相続ということになるが、それも四十九日の満中陰の時に円満に相続人4人の合意が取れており、後はテクニカルに進めていくだけとなっている。



11月までに相続が完了して、年内は母の喪に服すとして、後の私は自分自身の死に向き合っていけばいいことになる。

ところで、私の「終活」ということを考えると、実家に2年間泊まり込んだ生活といえば、ミニマリズムそのもののようだった。
父の教訓である「入るを量って出ずるを制す」を守ってきたから、お金もほとんど使わずというようなわけで、そもそも世間で言う「お金の使い方」が分かっていない。

そこで、目についた本を読んで勉強してみることにした。

お金の減らし方 (SB新書)
森 博嗣
SBクリエイティブ
2020-04-06


本来は自分自身の満足度が価値となるはずだが、多くの場合、別の評価を受けることになりがちである。その最も多い例は、その日なものを自分が持ったときに、他者がどう感じるか、という想像をして生まれる妄想的な価値である。
 これは、自分以外の人がそれを持っているときに、自分がどれくらい羨ましく感じるか、という体験(あるいは想像)から類推されるものだ。したがって、人のものを見て羨ましいと感じやすい人ほど、自分が持っているもので人を羨ましがらせたい、と考える傾向にある。
 このような目的に自分のお金を使うことが、実に多いように観察されるが、いかがだろうか。(p38)

私にはよく分からないが、世間の人は「他人に自分のことを羨ましがってもらいたい」と思っているというのだ。
私の生活目標は、「毎日気元よく生活する」ことにあるから他者に「羨ましがらせる」ことに価値があるようには思えない。

そもそも「価値」をどう見極めるのか、という点が、お金を使うためのキーポイントになることは、おそらく大勢の方に理解してもらえるはずだ。
 この価値を見極める、価値を評価するのは目ではない。頭だ。未来のことを想像し、自分がそれによって、どれくらい楽しい思いをするだろう、と考える。その楽しさの量が、すなわち価値となる。(p41)

これは全く同意。行動の価値とは「自分自身がどれだけ楽しめるか」に尽きる。

問題は、自分がどう感じているか、自分は何をしたいのか、という基本的なことが、今の情報社会では見えにくくなっている、という点である。(p46)

私から見ると、自分の見栄えばかりに気が行ってしまって、自分がいかに気持ちよく過ごせるのか、ということに全く気が行っていないようだ。

お金は、目的ではない。お金を得ることが目的であるわけではない。目的を達成するための手段として、お金があるのである。これは、お金に価値があるのではなく、目的に価値がある、という意味でもある。(p48-49)

そりゃそうだ。通帳にいくら数字があって大富豪になってもその人が幸福になれるわけではない。お金は交換する時のみに有効で、あとの時間には全く価値がない。

お金は、とても大事なもんだし、お金がないとできないことは多いけれど、僕は自分の持っているお金でできることしか考えない。これは、壁を通り抜けることはできないから、ドアから出ていくしかない、と考えることと同じだ。自分にできないことは、普通は考えないのではないか。他者がやっているから自分もやりたい、という欲求が僕にはまったくない。そもそも、他者に対して興味を持っていない。(p74)

何だ、この人私と同じような考えの人だった。

他者に対する見栄を張るくらいなら、自分に対して見栄を張れば良いではないか。同じ金額のお金を持っていても、自分が成長すれば、それだけ価値が上がるだろう。同じお金で、より広く、より高い可能性を実現できるようになるからだ。(p78)

わかるけど、自分が楽しいと思えるのにお金かかりますかね。本を読みたけりゃ図書館で借りればいいし、自然を楽しみたきゃ、森林を歩けばいい。大きなお金は不要だ。

誰もが、自分の思ったとおりに生きている。一見、不満を抱え、不自由を強いられているように見えるし、本人もそう自覚している場合が多いのだが、僕から見ると、誰もが自分は一番したいことをしている。
 ただ、少し賢い人は、自分がしたい未来を想像し、そのために少しだけ回り道をする能力がある。これが「我慢」と呼ばれる行為である。一方、そこまで賢くない人は、我慢ができないので、今できる一番やりたいことを常に選択してしまう。そうすると、お金がなくなったり、犯罪に手を染めたりして、結果的に大損をすることになってしまう可能性が高い、これは、社会がそういうシステムになっているためだ。
 この社会のシステムは、一言でいうと「合理」で築かれたものである。(p176-177)

これは、究極の「引き寄せの法則」のことを言っている。幸せに生きている人も(私の母のように)いつも不満をかかえて愚痴ばかり言っている人も結局、自分の潜在意識が呼び寄せた現実で生きているわけだ。
私の場合、「先回り」はしない。「今」を完全に感謝することを徹底している。今を感謝していれば今が感謝しなければならない現実であることが分かるのだ。

最後の「この社会のシステムは、一言でいうと「合理」で築かれたものである」というのはおそらくシャカが到達した「縁起」のことと思われる。

大江秀樹「となりの億り人」

幸せな人生を送るためには、経済的に自立していることは条件としてあると思う。
私は父から「入るを測って、出るを制す」という言葉を学んでいたので、人生でお金に困ったことはにかったが、世の中ではお金に困っている人は少なくはないようだ。

大江秀樹「となりの億り人」は、億以上のお金を持った人の共通の特徴について研究した結果をまとめた本。私自身は決してお金持ちではないが、世の目立たない金持ちたちと私のお金に対するスタンスで似ているところも一部あるので、面白かった。

七つの法則
  1. 収入よりはるかに低い支出で生活する。
  2. 資産形成のために、時間、エネルギー、金を効率よく配分している。
  3. お金の心配をしないですむことのほうが、世間体を取り繕うよりもずっと大切だと考える。
  4. 社会人となった後、親からの経済的な援助を受けていない。
  5. 子供たちは、経済的に自立している。
  6. ビジネス・チャンスをつかむのが上手だ。
  7. ぴったりの職業を選んでいる。

大江さんによると、1,2,3,6の項目が大事だというが、私の場合、2と6は全く該当しない。7はちょっと微妙。そうであるとも言えるし言えないような気もする。

まず、1.の「収入より低い支出で生活する」というのは、日ごろ通帳を見て真剣に収支をチェックしたことはなかったが、自然に黒字会計が今まで続いてきた。結果としてそうなった、ということだがこれも父の教えてくれた「入るを測って、出るを制す」のおかげだと思っている。

2.の「資産形成のために時間、エネルギー、金を効率よく配分する」だが、こんなことは一切考えたことがない。そのそも日ごろ、お金のことを考えないようにしている。お金に意識を集中すると心配になるだけのこと。
そういえば30代で世の中がバブルで浮かれていたとき、ついファンドに手を出したことがあったが、バブル崩壊で見事元本の7割になってしまったことがある。
あれが良い教訓になっているのだろう。

3.の「お金の心配をしないですむことのほうが、世間体を取り繕うよりもずっと大切だ」。これは、まったく私の考えに当てはまる。そもそも世間体というものを考えたことがない。
私は、「形ではなく中味という思想」が服を着て歩いているようなものだ。

4.の「社会人となった後、親からの経済的な援助を受けていない」というのは父の思想からしてそうならざるを得ない。

5.の「子供たちは、経済的に自立している」については私の姿を見て育ったからかどうか、二人の娘も子どものときから倹約な方だった。彼らに残してやろうという意思もないし、彼らの経済について一切心配したこともない。

6.の「ビジネス・チャンス」なんぞということは一切考えたことがない。もう少し詳しく言うと、私にはお金を儲けるために働くという意識がなかった。これからもないように思う。

7.の「ぴったりの職業を選んでいる」は実に微妙である。
私が、職種(原子力発電)と会社(電力会社)を選んだのは、高校時代に日本のエネルギー資源がないということを深く意識した結果の判断だった。だから大学も原子力工学科を選んだし会社も原子力にかかわる会社を選んだ。
ところが、入社してその場で働いてみると、そのような強い動機は業界や会社の中には希薄で、自分の立場で働いている人がほとんどだった。
そのような場に置かれて一番気になったのが職場の人々のモチベーションの劣化だった。私の40代以降の職場における関心はそのことに集中していた。
いろいろな分野の仕事についても、組織内での人々のモチベーションを高め、職場の幸福度を高めるということだった。
残念ながら、安定した大きな組織内でそのような活動は、大きく花開くことはなく、後継者を一人も育て要ることができなかったのは残念だけれど、自分のやろうとしたこと、やってきた結果については全く悔いはない。
私が60歳で退職した後、私のいた部門の不祥事が連発したが当然だと思うが、私の力不足だとも反省している。
しかしトータルには自分にぴったりの職業に就いていたように思っている。
また、会社の給料のおかげで家族の生活が困るようなことがなかったことについては、感謝している。

こうして今までの私とお金の付き合い方を振り返ってみると、何の不足も不満も感じることがない。不足したこともなかったし、大きく稼ぐ必要もなかった。
そしてお金を使う時には、必要な品物やサービスと容易に交換できることに感謝してきた。
こんな便利なお金に感謝したい。

日本の賃金が上がらないわけ

今回の参議院選挙の最大の争点とされるのは「経済問題」だという。
私は、日本の経済の不調の原因は、企業を優遇し労働者に分配しなかった結果だと思っている。

賃金比較


第2次安部政権以降、政府は一貫して富の再分配を逆進させてきた。
すなわち富の再分配の原理は富を高いところから低いところへ流すところにあるのだが、政府は一貫して低いところから高いところへ富を吸い上げた。

典型的な例が消費増税と法人減税になる。

ところが一方で、企業は賃金上昇を極力控えてきた。これも逆進的なものの考え方だった。
企業経営者には億を超えるサラリーを与え、下々にはサラリー上昇を徹底的に控えた。

その結果が企業の莫大な内部留保の上昇ということになった。

内部留保

経常利益が下がっても内部留保は右肩上がりだ。
なぜこんなことになったかという問題だが、私の推測は経営者たちの予測しがたい未来への不安が彼らを守銭奴にしたのだ。

不安な時代ほどお金を持っていれば何とかなると思い込んだものだろう。しかし、先行き不安な時期こそ新しい方面への投資が必要なのだ。
お金で何とかなるというのは、簡単な問題だけだ。複雑な問題ほど「お金だけ」は解決できない。
そのために従業員のやる気(モチベーション)と知恵の向上が必要なのだ。
ごあいさつ
日々の生活の気づきから人生の成熟を目指しています。

幸せ職場の考え方は、
幸せ職場
をご覧ください。

「勇気の名言集 第2巻」が出版されました。

勇気の名言集 第2巻
今宿 葦
2022-02-14
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